代表取締役社長 金 鍾得 2023/5
はじめに
走査型プローブ顕微鏡は,1986年にIBMチューリッヒ研究所のビーニッヒ(Binning)とローラ(Rohrer)が,走査型トンネル顕微鏡(STM)でノーベル物理学賞を受賞した,光の回折限界を超えた高分解能顕微鏡である.
その技術から派生した絶縁体表面を観察できる原子間力顕微鏡(AFM)は,開発当初は操作には高度な訓練を必要としたが,今日のAFMは,人々が様々な研究分野で日常的に使用できるものとなった.顕微鏡検査の経験がほとんどなくとも,機器設計の改善,使いやすいソフトウェアの開発,およびコストの削減によりAFMはナノテクノロジーを代表する評価装置として幅広く使われるようになった.
韓国 水原に拠点を置くパーク・システムズ社は,業界で最も古いAFM専門メーカーであり,その発展とともに様々な走査型プローブ顕微鏡法を開発してきた.先端的なナノメートルスケールの顕微鏡法による測定の対象は,無機材料,有機材料,生体材料などと幅広く,対象領域は100μm程度から原子,分子のレベルに到達している.また,大気中,真空中,溶液中,ガス中,温度,湿度,などの測定環境を選べるところも大きな魅力の一つとなっている.
1.原子間力顕微鏡(AFM)
AFMは,先端が10nm以下の探針をもった軟らかい板バネ(0.1N/mから数十N/m程度)のカンチレバーを用い,その先端の探針と試料表面に作用する原子間力(引力,斥力)をカンチレバーの変位から検出する(図1).カンチレバーの変位は,SLD(スーパールミネッセントダイオード)光源を使ってセンシングする.試料やカンチレバーのX,Y,Z方向の動作のために圧電素子を使ったピエゾスキャナが用いられる.これらの機構を使って,試料最表面の定量的な三次元形状情報を取得する.形状測定をベースに様々な応用が拡がっており,アプリケーションによってベースとなるノンコンタクトモード,タッピングモード,コンタクトモードの3種の形状測定モードを使い分けることができる.
2.AFMとトライボロジー
固体表面を原子スケールで観察できるAFMは,ナノ領域のトライボロジー評価にも期待が持てる.
摩擦の要因の一つである凝着は,粗さのある表面同士を互いに押し付けると接触部で結合が発生することに起因している.まず,表面の粗さ測定について,AFMは原子レベルから10μm程度の凹凸の定量を正確に行うことができる.水平方向の動作領域は数nmから100μmである.次にAFMのプローブと試料の間で,フォース/ディスタンスカーブを取得することで,凝着力を定量化できる.そして,凝着した部分を引き離すために必要な摩擦力もAFMプローブを使って測定することができる.通常,AFMプローブは単結晶シリコンや窒化シリコンでできているが,これに他の材料をコーティングしたり,針先端にEBDでカーボンを堆積させることができるなど,測定対象物に合わせたプローブの選択が可能である.
3.フォース/ディスタンスカーブを用いた凝着力の評価
AFMによる測定には,XY,Zのピエゾ素子から成るスキャナを用いて試料表面をスキャンする方法と,スキャンをせずにピエゾのZ軸を上下動させて,プローブを試料表面に近づけたり離したりしたときのカンチレバーの反りやたわみの変位をプロットして描くフォース/ディスタンスカーブを取得する方法がある.測定エリア内のデータポイントごとにフォース/ディスタンスカーブを取得して何種類かの機械物性を同時にマッピングするPinPointモードを用いた凝着力マッピングについて説明する(図2).
フォース/ディスタンスカーブの取得時にプローブは試料を押して,同時に軟らかい板バネになっているカンチレバーは反る.この反りを含んだカーブがフォース/ディスタンスカーブで,カンチレバーの反りを除いたカーブがフォース/セパレーションカーブである(図3).
膜の測定例として,コーティング材,包装材などで広く使用されているPS-PVACフィルムをPinPointモードで測定した結果を示す(図4).マトリクス部(海)のPVACポリビニルアルコールとPSポリスチレンの島の明瞭な相分離が観察されている.
4.LFM水平間力顕微鏡による摩擦力の評価
LFM(Lateral Force Microscope)は,フォース/ディスタンスカーブとは異なり,試料表面をスキャンをする方法である.LFM(Lateral Force Microscope)は,カンチレバーの横方向の変位によって算出される.カンチレバーの横方向のねじれを検出することにより材料の摩擦挙動を定量的に評価する.摩擦によるカンチレバーの変位は,フォワードスキャンとバックワードスキャンで反転するため,一往復のラインプロファイルは図5(b)のようなフリクションループを作る.
(b)フォワードスキャンとバックワードスキャンが反転してできるフリクションループ
5.コンタクトモードを用いた薄膜の機械特性評価と原子オーダーの加工
カンチレバー探針と試料を連続的に接触させるコンタクトモードAFMは,薄膜の機械特性評価や原子オーダーの加工技術へ応用できる.
材料強度の分野でナノ~マイクロスケールの力学物性評価が重要な理由は,例として,DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を挙げる.DLCはダイヤモンドに似た性質を示す準安定で高密度のアモルファスカーボン膜であり,そのナノ構造を制御*4することによりさらに優れたトライボロジー特性を実現する.また,各種材料を添加するナノコンポジット技術も表面の機械特性を改善するため広く普及している.これらナノ領域を評価するためにAFMのナノインデンテーション,ナノスクラッチの有用性が認められている.カーボン膜の強度を改善するためには,カーボンと強固に結合する材料としてホウ素(B),窒素(N)が考えられる.ナノ周期積層膜は,膜厚が数nmの薄膜を積み重ねた積層膜である.異なる物質をnmサイズで交互に積み重ねるとナノ周期構造による内部エネルギー変化に起因し,その物質単体とは異なる特性,例えば弾性率,硬さが積層させた各物質の単体膜よりも向上する*5.
図8にC/BNナノ周期積層膜の構造を示す.ナノ周期を2,4,6,8,10nmと変化させ,この膜にダイヤモンド探針によるナノインデンテーションを実施すると,周期4nmの膜が最も硬くなっていることがわかった(図9).さらに積層膜はC,BN単層膜よりも硬さが増大した.
AFMにより形成したシリコンのナノ隆起形状の例を図12に示す.右上の荷重10μNから下方向に10μNずつ増加させ20,30μNとし中心部,さらに左側下の90μNまで変化させた.荷重に伴い隆起高さは増加するがほぼ同一形状の隆起*7が生じている.
6.まとめ
原子間力顕微鏡(AFM)は,高分解能の三次元の形状評価のみならず,材料のナノ機械特性評価ができるとともに,薄膜のトライボロジー評価にも応用することが可能である.
*1 Sample courtesy: Hyun-Bae Lee, Nuclear & Quantum Engineering, KAIST, Korea
*2 Park Systems Introduces PinPoint™ Nanomechanical Mode to Characterize Nano Mechanical Properties of Materials and Biological Cells. Available from:
http://www.parkafm.com/index.php/company/news/press-release/450-nanomechanical
*3 Research Application Technology Center, Park Systems Corp: Quantitative frictional properties measurement using atomic force microscopy(2021)
*4 三宅 正二郎,関根 幸男,金 鍾得,山本 洋和:ナノ周期積層膜の摩耗特性を活用したナノ加工技術の開発,精密工学会誌,66,12(2000) 1958
*5 Shojiro MIYAKE and Jongduk KIM:Nanoprocessing of Carbon and Boron Nitride Nanoperiod Multilayer Films, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 42(2003) pp. L322–L325
*6 金 鍾得,三宅 正二郎:メカノケミカル反応によるシリコンのナノメータ隆起・除去加工とそのエッチングマスクへの応用,68,5(2002) 695
*7 Shojiro Miyake, Mei Wang and Jongduk Kim:Silicon Nanofabrication by Atomic Force Microscopy-Based Mechanical Processing, Journal of Nanotechnology, 2014(4) 1-19
*8 Shojiro Miyake and Jongduk Kim:Increase and decrease of etching rate of silicon due to diamond tip sliding by changing scanning density, Japanese Journal of Applied Physics, vol. 41, no. 10(2002) pp. L1116–L1119
*9 Shojiro Miyake and Jongduk Kim:Nanoprocessing of silicon by mechanochemical reaction using atomic force microscopy and additional potassium hydroxide solution etching, Nanotechnology, vol. 16, no. 1(2005) pp. 149–157