営業部門部長 米澤 雅之 氏,
研究開発部門 モリコート研究開発部 部長 山口 哲司 氏に聞く 2023/10
-モリコート®の歴史について
モリコートの創業者アルフレッド・ゾンターク(Alfred Sonntag)は,ドイツ人の機械設計技術者でした.1930年(当時26歳)に米国へ渡り,航空機向け金属部品の極圧下疲労試験機を設計し,その分野で成功を収めていました.評価過程において,極圧下で優れた潤滑特性を発揮する二硫化モリブデンに着目し,今から75年前の1948年に,当時44歳でアルファモリコート社を設立し,世界で初めて二硫化モリブデン潤滑剤の量産化に成功しました.また,アルファモリコート社は潤滑試験機も販売していました.修理こそされてはいますが,現在も当時の試験機が弊社宇都宮研究所で稼働しており,彼がいかに優れた技術者であったかを物語っています.
以来,モリコートはライフタイム・ルブリケーションを可能とする潤滑剤として,メンテナンス分野,工業分野から始まり,自動車産業の発展に貢献してきました.これら工業化の進展とともに,ビジネスを大きく伸長させ現在に至ります.
日本では,1953年に輸入販売を開始し,1976年から国内で製造販売を開始しました.自動車,家電製品,事務機などお客様の様々なニーズに応えるため,二硫化モリブデン以外の固体潤滑剤,添加剤技術の開発,鉱油,合成油,シリコーン,フッ素等を基油とした高性能化技術の開発が行われ,オイル,グリース,コンパウンド,固体潤滑剤,アンチフリクションコーティング(AFC)など環境,条件に合わせた幅広い製品群(写真2)をお客様に提供するに至りました.現在では,日本製のモリコート®が世界中に供給されています.
-モリコートの主な特長や適用例
最初にモリコートのイノベーションの歩みを簡単にご紹介します(表1).
今回は,消音(NVH),高信頼性・耐久性,環境対応,耐荷重性・耐防錆性,の四つの技術をご紹介します.
1.消音(NVH)技術
近年,特に電動化に伴いニーズがますます高まっている静粛性に対する消音,NVH(Noise Vibration and Harshness)技術です.潤滑にはグリースのようにオイルを主成分とするウェットな環境で使用されることを目的とした潤滑剤と,アンチフリクションコーティング(AFC)のようにドライ環境での潤滑を目的とした潤滑剤があり,それぞれ求められる技術が異なります.モリコートではその両者で消音技術を提供しています.
下記にプラスチックギアを用いた各種グリースの音響試験の結果を示します.高粘度オイルを使用した既存消音グリースに比較して,グリースに特殊な増粘剤を添加した弊社消音グリースのモリコートG-1076グリースはギアから発生するノイズを低減していることがわかります(図3).
2.高信頼性,耐久性技術
高信頼性,高耐久性の観点から近年開発されたアンチフリクションコーティング(AFC)とモリコートG-8101グリースの二つの技術を紹介します.
AFCは,図5に弊社SRV試験機で行った耐摩耗試験の結果を示します.従来と比較して優れた耐摩耗性を有しており,さらに相手剤への攻撃性も最小限にされていることがわかります.この技術を適用したAFCは,従来では耐摩耗性が不足しており満足いただけなかった用途において採用が始まっています.
3.環境対応潤滑剤
モリコートP-3700ペーストは,スチームやガスタービンのボルトに使用される高温用ペーストとして,六価クロム発生リスクの少ない技術の開発に成功し,環境に優しい潤滑剤としてドイツで開発され日本では2022年から販売を開始しました.
図6に示す通り,ペーストを塗布したステンレス製ボルトを>500℃以上に放置する環境試験において,モリコートP-3700ペーストに六価クロムの発生が観察されなかったことから,その効果が確認されました.高温用ペーストして全世界での採用が始まっています.
4.耐荷重性に優れるスーパーグリス
耐荷重性,耐防錆性のどちらか一方に優れたスプレー潤滑剤は世の中に数多くありますが,スーパーグリスはその両方を高いレベルで実現したユニークな製品です.発売から40年以上経過した製品ですが新たに最新の他社製品との物性比較を行ったところ,他社品を上回る高いパフォーマンスが確認されています(図7).
工場設備の保全,金属部品の防錆,摺動部の音消し,ねじ・ボルトの弛緩等幅広い用途でご使用いただけます.
-海外と日本での製品開発について
日本やドイツ,アメリカなど,複雑な機械部品・装置の製品設計をするお客様をサポートするためには,論理的であることとそれを裏付けるデータが必要です.グローバルの会議でも,「日本のお客様が求めることは細かい」と指摘されますが,同時に「だから日本車は信頼性が高い」とも言われます.
モリコート®の日本チームの存在意義は日本のお客様に対してグローバルサポートをすることです.弊社内ではLJO(Landed Japanese Operations)と呼びますが,営業・開発部員でLJOチームがあり,海外の日系企業で問い合わせがあれば日本チームがリードしながら対応できるように現地スタッフと連携しています.
また,製品開発におけるお客様の要求にも違いがあります.これは,それぞれの国によって使用される環境が異なるので当然なことですが,製品開発に携わる研究開発部門にとっては大変なことです.各国の市場,お客様の要求を正しく理解するためのグローバル会議への参加に加え,それに合わせた複雑で何通りもの組合せの試験,評価をしなくてはなりません.
-サステナビリティ戦略について
サステナビリティとは,将来にわたって現在の社会の機能を継続していくことができるシステムやプロセス,一般的にはそういった仕組みを指しますが,環境学的には生物的なシステムがその多様性と生産性を期限なく継続できる能力のことを指し,さらに組織原理としては,持続可能な発展を意味しています.
サステナビリティ,持続可能な発展はもはや,どの企業にも避けて通ることはできない課題となっています.
デュポン社では図8に記載されているサステナビリティ戦略を打ち出しており,モリコートもこの戦略に則り,かつその戦略に沿ったビジネスプロセスを採用しています.
さらに弊社ではお客様から要望いただいた製品についてLCA(Life cycle analysis)を開始しており,弊社ドイツ工場ではすでに複数のご要望をいただき,持続可能な発展に向けてお客様と取り組んでいます.また日本でもお客様のご要望があれば対応できるように準備をしています.
-今後の抱負や展望など
従来の潤滑剤に要求されてきた低摩擦,低摩耗,高耐久性に加え,近年の特殊潤滑剤には,EV化に代表される市場の大きな変化により,静音性をはじめ高効率,絶縁,熱マネジメント,導電などの複合的な技術が求められています.
弊社では従来の潤滑特性にさらなる価値を与えることをモリコート+Xと呼び,これらのニーズに応えるために,従来の考えにとらわれることなく新しい技術を開発し,新製品を今後もグローバルで継続的に投入してまいりますのでどうぞご期待ください(図9).