はじめに
近年,新型コロナウイルスの影響が収まり,製造業はパンデミック前の生産レベルに戻りつつある中,2020年に日本政府より打ち出された「グリーン成長戦略」の政策のもと,各産業では環境保護と経済成長の両立を目指した活動が活発化している.
出光興産では2050年までのカーボンニュートラル(以下,CN)達成*1に向けて,国内外での再生可能エネルギーの開発・利用推進に加え,水素エネルギーの開発,バイオ燃料の研究開発,製油所でのカーボンキャプチャー・ストレージ(CCS)技術の研究開発など,技術革新と社会的責任を両立させながら,CNの達成を目指している.その中でも潤滑油部門では過去より摩擦によるエネルギー損失の削減,部品や設備の寿命延長につながる潤滑技術の開発を通じて,お客様の環境保護と生産性の向上の両立に貢献してきた.
2023年3月に開発・発売された「ダフニー アルファクールNVシリーズ」は,特に金属加工などが行われる「ものづくり現場」における作業環境の改善,生産性の向上,CNへの貢献をコンセプトとした新しい水溶性切削油である.この新製品は,環境負荷の低減と作業者の安全性を重視しながら,生産性の向上も実現している*2.本稿では,この新しい切削油のコンセプトや実用性能,そしてお客様の使用実績に基づく具体的な改善事例について説明する.
1.水溶性切削油の用途と課題
水溶性切削油は金属加工現場での生産性向上に不可欠な存在であり,主に加工中に発生する熱を取り除く冷却作用,金属と工具の接触面の摩擦を低減する潤滑作用,加工により発生する切粉を加工面から洗い流す洗浄作用を有する.これらの作用を発揮することにより,工具寿命の延長や加工精度の向上,加工速度の向上につながり,部品加工における生産性の向上に寄与する.
図1に水溶性切削油の一般的な組成イメージとその特徴について示す.水溶性切削油は,基油や添加剤の配合比率によって,エマルション・ソルブル・ソリューションに大別される.一般的なエマルションとソルブルは,水に溶解しない基油を,界面活性剤によって乳化させたものであり,エマルションの方が基油を多く含んでいる.一方でソリューションは基油を含んでおらず,すべて水に溶解する成分で構成されていることが特徴である.エマルションやソルブルは基油を含んでいることから,工具への被削材の凝着抑制を目的に使用されることが多く,ソリューションはその冷却性の高さから研削加工に用いられることが多いことが知られている*3.
2.ダフニーアルファクールNVシリーズの特長
図2に示す通り,水溶性切削油を使用する上ではいかに好循環の状態に維持するかがクーラント本来の性能を最大限発揮し続け,理想的な生産性を維持するための鍵となる.アルファクールNVシリーズは「有効成分の消耗を徹底的に抑える」という新しい着眼点により,「使うだけでカーボンニュートラルへの貢献と作業環境の改善,生産性の向上に貢献する水溶性切削油」を開発することができた.言い換えると,原液補給量を下げつつも,図2に示す悪循環スパイラルに陥り難い水溶性切削油となる.これにより新液の性能を維持できるのみならず,クーラント中の有効成分が保持され続けることから原液の補給量を削減し,加工熱に伴う有効成分の揮発で発生するアミン系添加剤由来の刺激臭も抑えることができる.有効成分の消耗抑制は,水溶性切削油の持ち去り性(金属表面へのクーラント液の残渣を抑える効果)の改善,有効成分の耐熱性(加工熱による耐揮発性)向上という二つの技術を組み合わせることにより実現させている*2,3.
一つ目の持ち去り性について,従来の水溶性切削油は加工後の被削材への付着により,液そのものが持ち去られて消耗することが一般的であるが,NVシリーズは新たに採用した,緻密な吸着膜を形成可能な特殊脂肪酸の効果*3によって,図3,4に示す通り被削材への付着量(残渣量)を抑制させた.これにより水溶性切削油の液量を高水準で維持することにつながり,従来比以上に補給頻度の削減に貢献することが可能となる.一方で,水溶性切削油の液量は被削材による持ち去りのみならず,加工熱や使用環境温度による水分自体の揮発によっても減少する点は留意が必要である.
次章では実際にNVシリーズをご利用いただいているお客様にヒアリングを行い,実際に確認されている改善事例ご紹介する.
3.アルファクールNVシリーズの実用性能
(1)機械部品(ADC12・A2017・A6061,S45C,FCD,SUS303),複合加工機+マシニングセンタ,切削加工における改善事例
これまでエマルションタイプとソルブルタイプの市販品を2種類使用していたが,エマルションタイプのEX-NVへの油種統一を目指し,実機評価を開始した.エマルションを使用していた設備ではEX-NVへの変更に伴う加工性向上により使用濃度を16%→10%まで低減することができた.これにより原液の使用量が従来比で80%削減することが確認されている.後工程の洗浄槽へ持ち込まれる汚染物(被削材に付着したクーラント量)も1/5となったため,洗浄液の寿命延長も可能となった.ソルブルを使用していた設備では,これまで設備内部での粘着物によるエラー(位置検査プローブへの粘性物付着による位置出しエラー)が課題となっていたが,EX-NVへの変更により粘着物形成がなくなり課題が解消された.さらに,これまでは泡立ちが発生する度に消泡剤を添加する必要があったが,EX-NVへの変更後は泡立ちの課題も解決し,油種統一とコスト削減のみならず生産性の向上につながった.
(2)機械部品(SUS304),マシニングセンタ,旋削・ドリル穴あけ加工における改善事例
これまで高性能エマルションを使用していたが,エマルションタイプのEX-NVへ変更したことにより工作機械や工具,被削材への液残りが少なくなった.これまでは液残りがあった箇所が1日経過後に変色することがあったが,EX-NVへの変更後は液残りが少なくなり変色が抑えられている.筒状のワークを加工した後に,従来は表面と筒内をエアブローする必要があったが,EX-NV変更後は表面を軽く拭き取るのみで液滴が取り除けるためエアブロー時間の短縮と作業効率の向上につながった.加えて原液の消費量も50%削減できており,作業現場の改善とコストダウンにつながっている.
(3)機械部品(S45C,アルミ材),マシニングセンタ,切削加工における改善事例
エマルションタイプの市場品を使用していたが,ソルブルタイプであるWX-NVへ切り替えてた.その結果,従来は原液の消費量が月に20Lペール4缶であったが,2缶/月まで削減されたことに加えて,切削加工後の被削材へのべた付きが大幅に削減されたことにより,生産コストの削減のみならず作業環境の改善につながった.
(4)建設機械部品(FC300,SCM440H),マシニングセンタ,切削加工における改善事例
これまで高性能ソルブルを使用していたが,設備内部のべた付きや特に着座パレットにおける切粉の固着に伴う位置決めセンサーのアラート発生が課題となっていた.加えて,オペレーターの肌荒れにも困っていた.ソルブルタイプのWX-NVへ変更したところ,アラートの発生率が0%となり,肌荒れで困っていたオペレーターからも肌荒れが改善されたと報告が上がっている.オペレーターの目視判断となるが加工面精度の向上も感じられるという結果が得られた.原液の消費量は95%もの削減につながり,作業の効率化のみならず大幅なコストダウンにつながっている.
(5)自動車部品(ADC12等のアルミ材),マシニングセンタ,ドリル穴・スパロール加工における改善事例
これまで使用していた高性能エマルションではタンク内を新液に総入れ替えした後も約3ヵ月経過後に腐敗臭が発生し,菌の増殖が見られていた.エマルションタイプであるEX-NVへ変更後は約6ヵ月経過後も腐敗臭は確認されず,抗菌性が高い状態で維持されていることが示唆されている.原液消費量は従来品対比で25%の削減につながっている.
(6)精密部品(SUS304,Ti,アルミ材,真鍮),CNC旋盤,旋削加工における改善事例
従来のエマルションタイプでは工具交換を行う頻度が規定よりも高くなっていたことが課題であったが,エマルションタイプのEX-NVへ変更した結果,工具寿命が1.25倍以上に延長し,アルミ加工面精度も光沢が確認できるほど優れた性能が確認された.従来は新液の補給濃度を3%としていたが,EX-NV変更後は1~2%に落としても管理濃度を十分に維持できることから,原液消費量の削減にもつながっている.
その他にも従来の水溶性切削油と異なることをしっかりと体感できたというお客様のお声を多数いただいている*2.NVシリーズをご利用中のお客様から無作為に30件選択し,「NVシリーズへ変更した後に体感できた改善内容」をヒアリングした結果を図8に示す.計九つの設問から複数選択式で回答を集めた結果,計74件の選択結果が得られており,一つの改善効果のみならず,複数の改善効果が発揮されていることが示されている.
図8 NVシリーズをご利用中のお客様に聞いた「体感できた改善内容」(サンプル30件)
おわりに
「ダフニーアルファクールNVシリーズ」は,環境負荷の低減,作業者の安全性の向上,生産性の向上という三つの要素を兼ね備えた革新的な水溶性切削油として,多くのお客様に評価されてきた.本製品を開発した技術力の高さは,2023年度精密工学会において技術賞を受賞するという形で認められている.また,「使うだけで改善できる」という経済合理性の高さと技術力の高さが総合的に評価され,第21回2024“超”ものづくり部品大賞で大賞を受賞することとなった.
今後も出光興産は,お客様のニーズに応える製品の開発を続け,持続可能な社会の実現に向けて一層の努力を重ねていく所存である.「ダフニーアルファクールNVシリーズ」が切り拓いた新しい技術の可能性が,さらなる産業の発展と環境保護の両立に寄与することを心より期待している.
<参考文献>
*1 経済産業省:2050年カーボンニュートラルに伴う成長戦略
*2 小矢俊亮,地曳洋介:潤滑経済,No.708,3月号(2024)
*3 岡野知晃,小矢俊亮:出光トライボレビュー,42,2636(2023)
*4 岡野知晃:潤滑経済,No.672,3月号(2021)
*5 浦部崇,高木史明:出光トライボレビュー,27,1689(2004)
*6 新宅順三:日本潤滑学会第21回東京講習会教材(1970)11










