霜崎 英紀 2024/1
はじめに
運送業界においては,インターネットを介した商品販売の台頭により,物量は顕著に推移するものの,ドライバーの人材不足,長時間労働等の労務問題が顕在化している.2024年4月1日から施行されるドライバーの時間外労働時間の上限規制,いわゆる2024年問題が控えており,運送会社は,業務改革を迫られている.また,近年の環境問題や環境負荷低減に対する関心が高まっており,2020年10月に政府から2050年にカーボンニュートラルを目指すことが宣言され,運送業界においても,カーボンニュートラル,SDGsへの取組み意識が高まっている.出光では,運送業界における労務問題改善,カーボンニュートラルに貢献するディーゼルエンジンオイル「idemitsu AshFree」を開発,販売を開始したので,以下に紹介する.
1.排ガス規制とDPF
ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べ,熱効率が高く,燃費が良いという特長がある一方,PM(Particulate Matter:粒子状物質),NOx(窒素酸化物)の発生量が多いという問題がある.2000年代前半に,排ガス規制制定に合わせ,DPF搭載車が誕生した.DPFは,ディーゼルエンジンから排出される排ガスに含まれるPM(粒子状物質)を捕捉し,クリーンな排気ガスに変える装置である.PMは,主に,(1)燃料,オイル由来のスス,(2)未燃燃料・オイル,(3)オイル中の金属添加剤に由来する灰分から成る.DPFにPMが溜まると,再生という燃焼処理が行われ,ススは,再生燃焼により燃えてなくなるが,エンジンオイル中の金属系添加剤,いわゆる灰分は燃焼せず,取り除くことができない.走行とともに,DPFにこの灰分が堆積していき,やがて,排気圧が上昇し,燃費悪化,出力低下し,車両がストップする恐れがあり,DPF交換に至る.このようなDPFトラブルを防ぐためにも,灰分が少ない,あるいは出ない,DPFが詰まりにくいオイルが求められてきた.
2.idemitsu AshFreeについて
上記背景から,ディーゼルエンジンオイル中の灰分(金属成分)を低減した低SAPS(Sulphated Ash, Sulphur and Phosphorus)油が開発・販売されている.しかしながら,低SAPS油を使用しても,実車両においてはDPFへ灰分の堆積による洗浄や交換が必要であり,ユーザーの悩みの一つとなっている.そこで,弊社では過去より金属系清浄剤やZnDTPを含まない無リン無灰エンジンオイルの研究を推進し,トラック,バスでのフリート試験を経て,2022年9月に“idemitsu AshFree”として販売を開始した(図1).表1に従来の低SAPS油とidemitsu AshFreeの仕様を示す.一般的に,低SAPS油の開発では,エンジンオイル中の金属系清浄剤や耐摩耗剤であるZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)を減量し,他の添加剤の最適配合などの調整がなされている.一方で,idemitsu AshFreeは,自社開発の金属を配合しない無灰系の清浄剤と硫黄系の耐摩耗剤を配合し,無リン無灰での処方を確立している.さらに,代替されたZnDTPの酸化防止性能や,金属系清浄剤の分散性能については,酸化防止剤や分散剤の最適化により性能を維持・向上させた.
3.1 規格性能
idemitsu AshFreeの性能評価を目的に,JASO DH-2規格の各種試験による性能確認,およびJASOエンジン試験条件を過酷にした独自の試験方法により,耐摩耗性と清浄性を確認した.後処理装置(ディーゼル微粒子補修フィルター(DPF:Diesel Particulate Filter)を装着した大型ディーゼル車向けのエンジン油規格(JASO DH-2規格)の品質性能とエンジン試験結果を表2に示す.品質性能,ディーゼルエンジン試験(JASO DH-2規定)のすべて基準を満たしている.
さらに,より過酷な条件でのエンジン油性能を評価することを目的に,JASO DH-2規格の試験時間200時間から300時間に延長して,清浄性と耐摩耗性を評価した結果,idemitsu AshFreeはDH-2規格の合格基準値内であり,当社DH-2油と同等以上の性能を示した(図2).
3.2 オイル性状
性状比較を表3に示す.idemitsu AshFreeは灰分の原因となる金属系添加剤を使用しないため,DH-2より硫酸灰分は低く,また,酸化安定性を高めて,酸の発生を抑えることにより,DH-2より低い塩基価で,エンジン,品質に問題ない処方を確立した.
3.3 DPF詰まり抑制性能
当社にて小型エンジンを用い,DPF詰まり試験を実施し,その結果を図3に示す.試験後,当社DH-2油はDPF中に灰の堆積が確認できたが,idemitsu AshFreeでは灰の堆積は確認できなかった.
灰分の出ない(溜まらない)ディーゼルエンジンオイルidemitsu AshFreeを採用することで,以下のような効果が期待でき,実際に効果を確認している.
(1)DPFの寿命延長が可能で,DPFのメンテナンスコスト(DPF交換,洗浄)削減が可能である.また,車両メンテナンスに伴う,整備士の労務時間削減や休車を防ぐことができる.
走行とともにDPFにススと灰が堆積する.一定量堆積すると,再生(燃焼)を行うが,この時ススは燃えるが,金属由来の灰は燃えずにDPFに堆積する.再生を繰り返す度にDPFへの灰の堆積量が増え,再生間隔が短くなり,DPF洗浄,交換(50-100万/回ケースあり)といったメンテナンスが必要になってくる.これに対しidemitsu AshFreeは,DPFに灰が堆積せず,メンテナンス費用の削減が可能となる(図4).
DPFの再生(燃焼)方法として,DPF内にPMが一定量堆積すると自動的に再生(燃焼)を行う「自動再生」と,DPF内にPM堆積物が多い場合に路肩等で20~30分の待機し強制的に燃焼させる「手動再生」があるが,idemitsu AshFreeを使用するとDPFに灰が溜まらないため,手動再生制回数を減らすことができ,急な車両停止による運行遅れやドライバーのストレス,労務時間の削減が可能である.また,再生には燃料を使用するが,再生回数を減らすことにより,燃料使用量削減が可能となる.
(3)カーボンニュートラル,SDGsへ寄与
通常走行時に比べDPF再生時のCO₂排出量は1.3倍以上とされるが,idemitsu AshFreeの適用によってDPF再生回数を減らすことにより,燃料使用量やCO₂排出量を抑制できる.また,DPF詰まりを抑えることにより,排ガスの圧力上昇を抑えエンジンの出力(効率)低下を防ぐことに寄与する.
また,リンや金属添加剤を使用しないため,触媒(排出ガス浄化)の機能低下を抑制できる.
5.実車での改善事例と費用対効果
実車での一例を表4に示すが,手動再生が生じている車両において,走行形態によって異なるが,短期間(1~3ヵ月)で効果が見られる傾向にある(図5).
idemitsu AshFreeの採用によるコストダウン効果を表5に示すが,大幅なトータルコストダウンと労務時間削減の効果が得られることがわかる.
おわりに
運送・物流業界では,2024年4月1日から施行される「自動車運転業務における時間外労働時間の上限規制」によって,「会社の売上・利益減少」や「トラックドライバーの収入減少・離職」,「荷主側における運賃上昇」といった「2024年問題」への対応が急務となっている.そうした中で,オイルをidemitsu AshFreeに変えるだけで,上述の通りDPF詰まりによるメンテナンスの費用,時間やメンテナンスに伴う休車時間を減らすことができ,また,手動再生を減らすことでドライバーの労務時間,ストレスを低減が図れることから,発売開始以降,700件以上の運送会社で使用いただいている(2023年11月末時点).対象車両はDPF搭載車で,市街地走行(ストップ&ゴー),冷凍車,ゴミ収集車,バス等で,特に手動再生が起きている車両で改善効果が得られやすい傾向にあることがわかってきている.また,車両の生涯メンテナンスコスト削減の観点から,初期よりidemitsu AshFreeをご使用いただいている需要家も増えてきている.なお,オイル交換距離は,発売前に実施した実車テストでの結果を踏まえ,25,000km以内でのオイル交換を規定している.