環境・安全性を考慮した水溶性切削油の開発とその実用性能 | ジュンツウネット21

アーステック
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出光興産株式会社
潤滑油二部 潤滑技術二課 チーフエンジニア  小矢 俊亮
潤滑油二部 営業研究所 インダストリアルオイル開発グループ 主任部員 地曳 洋介
2024/3

はじめに

新型コロナウイルスも終息に向かい,各製造業においてはコロナ前の生産に戻りつつあり,各製造業における生産稼働が高くなってきている.

一方,近年,欧州・米国・中国を筆頭にカーボンニュートラルを国の重要な政策として掲げており,日本政府も2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを2020年に宣言している*1.このような環境の中,製造現場では生産活動に関わる電力,消耗品,廃棄物等の削減に具体的な目標を設定し推進するケースが増えている.さらに,近年,化学物質規制の強化に伴い製造現場における安全性に対する意識も高まってきている.このような中,特に金属加工の製造現場でよく使用される水溶性切削油に対しては,これまで重要視されていた生産性のみならず,環境負荷が低く,製造現場の作業者への配慮が必要不可欠となってきている*2.

このような背景から,弊社では安全と環境に配慮した新たな水溶性切削油として「ダフニーアルファクールNVシリーズ」を開発し2023年3月に上市した.本稿では弊社が開発した新たな水溶性切削油剤のコンセプト並びに実用性能や効果について概説する.

1.開発コンセプト

近年SDGsやカーボンニュートラルなどの環境意識の高まりにより,製造現場において,産業廃棄物の削減をはじめとした環境への対応が求められるようになってきた.しかし,水溶性切削油は,加工熱による有効成分の揮発や被削材に付着した水溶性切削油成分の持ち去りによって濃度の低下を引き起こすため,定期的に水溶性切削油の原液を補給する必要がある.また水溶性切削油の濃度管理が適切でなかった場合には腐敗トラブルを招き,原液補給量の増加や,最悪の場合,腐敗液を廃棄する必要が出てくる.このような水溶性切削油が抱える課題に対して,原液使用量の削減や耐腐敗性向上による廃液量の削減や製造現場作業者の安全をコンセプトとして油剤開発を進めた.

2.基材の選定とその効果

2.1 界面活性剤(脂肪酸アミン塩)の役割

界面活性剤は水溶性切削油において水と油を混ぜ合わせるために必要不可欠な存在である.しかしながら,界面活性剤には様々な種類が存在し,水溶性切削油に使用される界面活性剤は一般的に図1のような脂肪酸(酸性物質)とアミン(アルカリ性物質)で構成されている.脂肪酸は被削材・工具への吸着により潤滑性を付与し,アミンはアルカリ性を保ち,被削材のさび抑制効果(防錆性)や菌の繁殖を防ぐ(静菌性)効果がある.そのため,これら界面活性剤は水溶性切削油の性能を左右するといっても過言ではない.前述の通り,新たに開発した水溶性切削油の機能発現には,今回見いだした新規脂肪酸アミン塩が重要な役割を果たしており,その詳細について以下解説する.

界面活性剤(脂肪酸アミン塩)
図1 界面活性剤(脂肪酸アミン塩)
2.2 難揮発性アミンの活用

水溶性切削油のドラム缶の蓋を開けた際に,刺激臭を感じることがあるが,この刺激臭は界面活性剤に使用されているアミンに由来することが多い.また,従来のアミンは加工熱により揮発し水溶性切削油内から消失することでアルカリ性の低下を招き,水溶性切削油の静菌性が低下する.これらの課題に対して,我々はアミンの揮発性に着目し,図2に示す手法を用いて評価した.図3の結果から,熱による揮発が少なく,水溶性切削油内に成分がとどまりやすい「難揮発性アミン」を見いだすことができた.

アミン化合物熱安定度試験
図2 アミン化合物熱安定度試験
アミン化合物熱安定度試験結果
図3 アミン化合物熱安定度試験結果

この難揮発性アミンは,臭気の低減や水溶性切削油の性能維持に寄与するだけでなく,加工時に発生していたアルカリ性のヒュームを削減することにより,作業環境の安全性向上にも寄与する.これは,新たに見いだしたヒューム呈色試験により可視化が可能となった.試験の概要を図4に示す.本試験は80℃に熱した鋼板(SPCC-SD)の上に水溶性切削油の原液を滴下し,そのヒューム成分を瓶にて捕集,その後アルカリ性で青色に呈色する試薬により,ヒュームのアルカリ性を判断するものである.その結果を図5に示す.従来のアミンを配合した切削油は青く変色したのに対して,難揮発性アミンを配合した供試油は黄色のままであり,アルカリ性のヒュームが発生していないことがわかる.

ヒューム呈色試験概要
図4 ヒューム呈色試験概要
ヒューム呈色試験結果
図5 ヒューム呈色試験結果
2.3 加工部品への付着量を低減可能な特殊脂肪酸の採用

通常,加工時に水溶性切削油は,穴や加工部品壁面に付着し,次の工程に搬送されることがほとんどである.この加工部品への付着量を徹底的に減らすことで,原液の補給量,つまり使用量を減らすことを目指した.そのために,分子レベルでの吸着現象に着目し,界面科学的手法を駆使することで被削材表面に密な脂肪酸吸着膜を形成する特殊脂肪酸を見出すことに成功した.その結果特殊脂肪酸の吸着膜が,あたかも水をはじく疎水膜の働きをすることで,加工物表面からの液切れ性を高めることがわかった*3.

本特殊脂肪酸を採用した開発品の持去り性能については図6に示す簡易持去り試験にて評価した.本試験は水溶性切削油の希釈液に,視認性向上のための蛍光剤を微量添加し,その後テストピース(アルミ,鉄等)を液に浸漬し,UVランプ照射の下で引き上げその様子を観察している.図7の引き上げたテストピース上に残存している水溶性切削油の量を比較すると,従来品はテストピース上に水溶性切削油が多く付着しているのに対して,アルファクールEX-NVは早期に液切れが起こり,被削材による持去り量が低減し,結果的に原液補給量の削減が見込める.

簡易持去り試験
図6 簡易持去り試験
簡易持去り試験結果
図7 簡易持去り試験結果

3.環境・安全性を考慮した水溶性切削油の開発とその効果検証

第2章で述べてきた通り,「難揮発性アミン」と「特殊脂肪酸」の組合せをキーテクノロジーとして環境・現場安全を考慮した水溶性切削油を開発し,ダフニーアルファクールEX-NV(アルミ・鉄系材料向け),ダフニーアルファクールWX-NV(ソルブル,鉄系材料向け)を2023年3月に上市した.本章では,実際にお客様でご使用いただいた際に得られた効果について述べる.

まず効果として非常に多く挙がったのが,補給量の削減である.この効果はキーテクノロジーで用いられている新規脂肪酸アミン塩の効果により,概ね10~50%の補給量削減効果が確認できた.

二つ目に臭気やヒュームの改善である.従来のアミンを配合した水溶性切削油と比べて,原液や希釈後の液の刺激臭が抑えられ,製造現場の臭気が改善している.また,ミスト・ヒューム測定器により工場内の定点測定において,従来品に比べて10~30%ほどのミスト・ヒュームの削減効果が得られている.

三つ目に腐敗による更液頻度の低減である.一例として,耐腐敗性が向上したことにより更液回数を年間3回削減でき,更液時に発生する廃液の削減が可能となった.廃液は処理後に油水分離され,油分については再生燃料として利用されるか焼却処分されることが一般的であり,焼却処分とした場合には,温室効果ガスである二酸化炭素が発生するため,上記の例では廃液処理後の油分をすべて焼却処理していたと仮定すると,二酸化炭素の発生量を従来対比で75%削減できることにつながる.

以下の表1に実際のお客様にて実証された効果をまとめる.

 表1 ダフニーアルファクールNVシリーズ効果一例
ダフニーアルファクールNVシリーズ効果一例

その他,実際にご使用いただいている需要家様が実感された効果を以下に記載する.

  • 工作機械の加工窓や工作機械内のべたつきが改善され,従来品で発生していたチョコ停がなくなり,生産効率が向上した.
  • 従来品に比べて工具寿命が延長され,工具費用を削減することができた.
  • 高圧吐出噴射条件下で泡立ちが少なく,良好な消泡性を発揮し,オーバーフローによる清掃作業の削減につながった.

4.今後の展望

冒頭でも述べた通り,近年,多くの需要家でSDGsへの取組みや温室効果ガス削減への取組みを強化しており,自社でランダムに調査した製造業100社の内,実に70%近くの製造業がホームページ上で「循環可能な社会への貢献」「温室効果ガスの削減」「省エネの推進」「廃棄量の削減」等の取組みを強化することを宣言されており,「環境に配慮したモノづくり」という意識が高まっている.こうした製造業のニーズに対して,今回開発した水溶性切削油ダフニーアルファクールNVシリーズは一つの解になるはずであり,弊社としても,多くの製造現場に本製品の導入を進めることで,製造業のカーボンニュートラルに貢献していく.

また,弊社グループは世界中に販売拠点やブレンド工場,R&D機能を有していることから,海外に進出されている日系企業様の環境対策や低炭素化への取組みを支えていくとともに,海外の製造現場のニーズや環境課題を本技術を用いて解決し,日本発の技術としてグローバルで貢献していく所存である.

 

<参考文献>
*1 経済産業省:2050年カーボンニュートラルに伴う成長戦略
*2 岡野知晃:切削油における環境対応技術の動向,潤滑経済,No.672,3月号(2021)
*3 岡野知晃,小矢俊亮:環境負荷低減に寄与する高機能水溶性切削油の開発,出光トライボレビュー 42(2023)


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