製品保管時の品質トラブルを大幅に低減する洗浄兼長期防錆油の開発 | ジュンツウネット21

アーステック
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出光興産株式会社
潤滑油二部 セールス& マーケティング課チーフエンジニア
山本 徹朗  2024/9

1.加工現場における製品保管時の課題

金属切削・研削で用いられる加工液は水溶性が主流となっている.加工後のワークは次工程まで生産現場内で一時保管されることになるが,さびや白残り,粘着物の発生等,製品品質の低下につながる不具合が絶えない.ひとたび不良が発生すると,ある現場では作業者が手作業で一斉にさび落としを行い,ある現場では対象ロットをすべて研磨工程にかける等,多くの労務負荷と生産性の低下を招いている.筆者が確認したいくつかの現場では保管時の製品トラブルにかかるコストは年間500~800万円にものぼっていた.

上述のような保管時のさびや白残りといった不良の多くは,ワークに付着した水溶性加工液の洗浄不足に由来する.一般的に鉄系材料で数日以上の保管が必要となる場合,防錆油を塗布して表面の発錆を防ぐが,生産性やコストの観点で洗浄工程を入れることができず,やむを得ず防錆油で水溶性加工液を洗い流し,そのまま防錆する現場が多い.防錆油は水溶性加工液の洗浄性が低く,洗浄不良によりワーク表面に残存する水溶性加工液が防錆油の油膜形成を阻害し,発錆の原因となる.また,水溶性加工液の洗浄不足は,製品保管時に残存した加工液の添加剤成分(主には界面活性剤)が表面に固着することで,いわゆる“白残り”の原因になる(図1).

洗浄不足による防錆保管時の不良例
図1 洗浄不足による防錆保管時の不良例
  防錆油が塗られていても,洗浄不足により金属表面に水系加工液が残存するとさび・白残り発生の原因になる

2.課題解決に向けて

この課題を解決するために,ワーク表面から水溶性加工液を速やかに洗浄・除去することを目的に「水置換性」が付与された炭化水素洗浄油や防錆油が開発,適用されてきた.「水置換性」とは,溶解タイプの洗浄剤とは異なり,ワーク表面とそこに付着した水溶性加工液の界面に油成分が入り込み,水溶性加工液を除去する性能である.界面で油剤が水置換するイメージを図2に示す.

ワーク表面に付着した水溶性加工液を「水置換」するイメージ
図2 ワーク表面に付着した水溶性加工液を「水置換」するイメージ

水置換型炭化水素洗浄剤は水溶性加工液とともに油汚れも洗浄でき,ワーク表面の品質維持に大きく貢献する一方で,上述の通り工程が増え生産性が下がるデメリットがある.そのため,厳しい品質管理が求められる生産現場での適用に限定される.対して,水置換型防錆油は水溶性加工液の洗浄・除去と防錆を一液でできることで生産性が高く,小物部品を大量生産する現場等で普及が進んでいる.但し,防錆油のなかでは防錆能力は比較的低く,厳しい保管環境や長期間の保管には向かない(図3).

水溶性加工液の洗浄と防錆工程での課題
図3 水溶性加工液の洗浄と防錆工程での課題

そこで当社は優れた水溶性加工液の洗浄性(すなわち水置換性)を持ちながら,その後の保管における暴露防錆性を飛躍的に高めることで,保管時のトラブルを大幅に削減する油剤開発に取り組んだ.本稿で紹介する開発油は“イデミツスーパーコートRS”として2023年8月に上市した.

3.イデミツスーパーコートRSの諸性能

(1)水置換性

水置換性の評価は研磨したSPCC鋼板(JIS G3141:2017)をイオン交換水へ5秒浸漬後引き上げ,続けて供試油に浸漬させSPCC鋼板に付着したイオン交換水が除去される様子を観察した.水置換性の指標として,鋼板表面の水膜が完全に除去される秒数を計測した.比較対象は水置換性に優れる溶剤希釈形短期防錆油Aと汎用の溶剤希釈形長期防錆油Bを評価した.評価結果を図4に示す.

水置換性の比較評価結果
図4 水置換性の比較評価結果

また,イオン交換水の代わりに墨汁を用いて鋼板上の水置換の様子を経時観察した結果が図5である.比較対象の溶剤希釈形長期防錆油Bは10秒経過後も鋼板表面に水(墨汁)が付着しているのに対し,スーパーコートRSでは表面の大半の水膜が置換され,清浄な鋼板表面が見てとれる.

水置換の観察
図5 水置換の観察
  左:スーパーコートRS,右:防錆油Bに浸漬した際の様子
(2)暴露防錆性

防錆性は当社研究所(千葉県市原市)での軒下暴露試験にて評価を実施した.軒下暴露試験は上述のSPCC鋼板を防錆油に浸漬し,23℃±3℃,70%RH以下の屋内で24時間乾燥後,屋外軒下環境に静置し,目視にてさびの状態を観察した.試験結果を図6に示す.水置換性に優れる溶剤希釈形短期防錆油Aは20日時点にて評価面全体で点さびが発生したが,同様の水置換能力を持つスーパーコートRSは同期間での発錆は認められず,汎用の溶剤希釈形長期防錆油B(実用での防錆期間の目安:屋内無梱包下3ヵ月)と同等の防錆性を示した.

軒下暴露試験の結果
図6 軒下暴露試験の結果
  当社研究所(千葉県市原市)にて実施.左の写真は試験場の外観

同様に,市場の代表的な防錆油を「水置換性秒数」と「暴露防錆性」を評価し,二つの性能を2軸でマッピングしたものが図7である.水置換の優れる防錆油は暴露防錆性に劣る傾向を示し,水置換の比較的劣る防錆油は暴露防錆性が優れる結果を示し,両性能がトレードオフの関係であることが見てとれる.これに対し,スーパーコートRSは特殊な水置換添加剤の採用と防錆添加剤との最適処方によって,この関係性を克服し,水置換性と暴露防錆性を高次元で両立することに成功した.

「防錆性」と「水置換性」に関する市場品とスーパーコートRSの性能マッピング
図7 「防錆性」と「水置換性」に関する市場品とスーパーコートRSの性能マッピング
  防錆性と水置換性はトレードオフの関係である.スーパーコートRSは両性能を高次元で両立した
(3)水溶性加工液の分離性

水溶性加工液の洗浄と防錆を1液で行うには,浸漬油槽の汚染管理が必要不可欠である.油槽内にはワークとともに付着した水溶性加工液が次々と持ち込まれるため,油と水溶性加工液を早期に分離させ,定期的なドレインアウトが必要である.水溶性加工液との分離性の評価は100mLのガラスシリンダーに防錆油と市販の水溶性加工液(希釈濃度5%)をそれぞれ40mLずつ投入し,5秒間激しく振とう混和した後に静置し,分離までの時間を計測した.結果を図8に示す.スーパーコートRSは7分後に油水界面がはっきりと分離したのに対し,比較対象である防錆油Bは乳化したままの状態であった.実際の現場では,常に水溶性加工液が持ち込まれるため,分離性に劣ると油槽に浸漬したワークには乳化状態の液が塗布されることとなる.結果として製品保管中にさびや白残りの原因となるばかりでなく,防錆油成分の劣化を促進し,粘着性の酸化劣化物やオイルステインと呼ばれる油焼けの原因となる.スーパーコートRSは早期に混入する水溶性加工液を分離できるため,ドレインアウトを適切に行うことで不良リスクを格段に下げることができる.

水分離性の試験結果
図8 水分離性の試験結果

また,良好な分離性は防錆油の消費量削減にも寄与する.週明けや毎日の稼働前にドレインアウトを習慣化している現場においては,経験則から規定量を水抜きすることが作業手順としているマニュアル化されていることが多い.分離性が悪く油槽内が乳化した状態になると水のみを除去できない.結果として,水を抜いているつもりが油も一緒に捨てている状態となっている.スーパーコートRSのような分離性の優れる油剤を使うことで,水分との界面を見極めることができるため,防錆油を余計に廃棄することなく補給量削減に寄与できる.

4.水置換後の発錆再現試験

生産現場で使用状況の調査を進める中で,不具合が良く起きている現場では水溶性加工液の洗浄および防錆に防錆期間の長い出荷防錆油を使用していた.油剤の選定理由をヒアリングしたところ,“購入量が多く入手性やコストに優れる”という購買視点のものもあったが,“出荷防錆油はそもそも防錆能力が高いため,保管期間の短い工程間の防錆にも使える”という理由も少なからずあった.そこで,防錆性の高い出荷防錆油(防錆期間の目安:屋内無梱包下6ヵ月)と,水置換性に優れ防錆性が中程度のスーパーコートRS(防錆期間の目安:屋内無梱包下3ヵ月)が発錆に与える影響を調査する再現実験を行った.作業手順としては図9の通りである.各操作時では特殊な中赤外線カメラにて,鋼板表面に付着する水膜の様子をin-situで観察した.結果を図10に示す.スーパーコートRSは浸漬1分後,鋼板前面に付着していた水分が一気に水置換され表面に水球の形で存在する.10分後には水膜が完全に除去されている様子が確認できる.結果として10分後の鋼板表面にもさびは発生していない.一方で出荷防錆油の場合,水置換が緩慢で10分後でも鋼板全体に水膜が残っており,実物表面には点さびが発生し始めている様子が確認された.この結果は水溶性加工液の洗浄兼防錆工程において,保管時のトラブル低減には防錆能力の強さだけでなく,水溶性加工液をいかに除去し清浄なワーク表面で防錆できるかがカギとなることを意味している.

水置換後の発錆再現試験手順
図9 水置換後の発錆再現試験手順
  各操作時は特殊な中赤外線カメラにて水膜の様子を観察した
水置換後の発錆再現試験結果
図10 水置換後の発錆再現試験結果
  各操作時は特殊な中赤外線カメラにて水膜の様子を観察した

5.まとめと今後

水溶性加工液を用いる現場においては,一時保管時にさびや白残りといった不良が絶えず,労務負荷の増大や生産性低下を招いている.このような品質トラブルを低減し,手直し作業を削減するために,水置換性と暴露防錆性を高次元で両立する防錆油“イデミツスーパーコートRS”を開発した.現場で想定される使用環境を模擬した発錆試験では,スーパーコートRSは防錆能力のより高い出荷防錆油よりも発錆リスクが少ないことが示唆され,実際の生産ラインに適用した際も不良低減に効果を発揮した事例が出てきている.

今後,さらなる製品品質の向上と安定化のためには油剤性能の向上だけでなく,水置換性や保管時のワーク表面の状態監視も有効になると考えている.当社では4章で紹介した特殊な中赤外線カメラをインラインで設置し,ワーク表面の水溶性加工液の残存を監視したり(図11),保管時のワーク表面の発錆リスクを電気的に状態監視するセンシングシステムの開発を行っている.労働力不足が叫ばれる昨今において,防錆時の品質トラブル低減の観点から今後も生産性向上に寄与する技術開発を行っていく.

特殊カメラによる水置換の状態監視イメージ(左)と撮影映像(右)
図11 特殊カメラによる水置換の状態監視イメージ(左)と撮影映像(右)
  生産ラインに設置し,防錆油槽から上がってくるワークの水置換状態を監視

<参考文献>
*1 田巻匡基:金属加工ラインの生産性向上を可能とする水置換防錆について:2022年度出光切削熱処理研究会
*2 田巻匡基:さび・白残りトラブルを低減し,生産性向上に寄与する水置換長期防錆油の開発:Bearing Motion Tech 2023.9


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