PRTR非該当準水系洗浄剤の開発 | ジュンツウネット21

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横浜油脂工業株式会社 精密洗浄剤事業部 技術開発チーム 木村 真典  2023/9

はじめに

昨今,環境問題に対する関心の高まりとともに,法制度の整備も進んでいる.1999年に法制化されたPRTR(化学物質排出移動量届出制度:Pollutant Release and Transfer Register)も2021年の改正(施行は2023年4月1日)で649物質が指定されるまでになった.またSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)の取組みが世界的に,政府,民間企業,個人と幅広く行われ,環境に関係する持続可能な開発目標(13 気候変動に具体的な対策を,14 海の豊かさを守ろう,15 陸の豊かさも守ろう)への取組みも活発に行われている.こうした背景の中,我々洗浄剤メーカーに対する顧客からの要望にも環境に優しい製品(PRTR非該当の製品やSDGsの目標に寄与する製品)が求められている現状がある.今回はPRTR非該当をキーワードに製品の開発状況を紹介する.

1.PRTRとは*1

PRTR非該当の製品の開発状況を述べる前にPRTRの内容についておさらいをしたい.

1.1 概要

PRTRとは,有害性のある多種多様な化学物質が,どのような発生源から,どれくらい環境中に排出されたか,あるいは廃棄物中に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し,集計し,公表する仕組みである.対象としてリストアップされた化学物質を製造したり使用したりしている事業者は,環境中に排出した量と,廃棄物や下水として事業所の外へ移動させた量とを自ら把握し,行政機関に年に1回届け出なければならない.

1.2 対象物質

2023年4月1日より施行された現行法では,第一種指定化学物質として515物質(特定第一種23物質を含む)で選定基準は以下の三つよりなる.

(1)人の健康を損なう又は動植物の生息もしくは生育に支障を及ぼすおそれがあるもの.
(2)(1)の条件にあてはまらなくても,環境中に排出された後で化学変化を起こし,容易に(1)のような有害な化学物質を生成するもの.
(3)オゾン層を破壊するおそれがあるもの.

第一種指定化学物質のうち人に対する発がん性があると評価されている23物質は特定第一種指定化学物質として指定されている.第二種指定化学物質は第一種指定化学物質と同じ有害性の条件に当てはまり,製造量の増加等があった場合には,環境中に広く存在するようになることが見込まれるものとなっている.

1.3 対象となる事業者

対象となる事業者は以下の通りである.

◆対象業種
(1)金属鉱業 (2)原油・天然ガス鉱業 (3)製造業 (4)電気業 (5)ガス業 (6)熱供給業 (7)下水道業 (8)鉄道業 (9)倉庫業 (10)石油卸売業(11)鉄スクラップ卸売業 (12)自動車卸売業 (13)燃料小売業 (14)洗濯業 (15)写真業 (16)自動車整備業 (17)機械修理業 (18)商品検査業 (19)計量証明業 (20)一般廃棄物処理業 (21)産業廃棄物処分業 (22)医療業 (23)高等教育機関 (24)自然化学研究所

◆従業員数
 常用雇用数21人以上の事業者

◆その他
 第一種指定化物質のいずれかを1年間に1トン以上取り扱う事業所(特定第一種指定化学物質は0.5トン以上)

2.洗浄剤中に含まれるPRTR物質

洗浄剤に含まれる主な成分としては界面活性剤,アルカリビルダー,キレート剤(金属封鎖剤),溶剤等が挙げられる.

界面活性剤は以前よりPRTR該当物質である:ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル【(アルキル基の炭素数が12から15までのものおよびその混合物に限る.)(AE)】,直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)等があるが,今回よりポリオキシエチレンドデシルエーテル【アルファ-アルキル-オメガ-ヒドロキシポリ(オキシエチレン)(アルキル基の炭素数が9から11までのものおよびその混合物であって,数平均分子量が1,000未満のものに限る.)】やポリオキシエチレンオレイルエーテルやポリオキシエチレンセチルエーテル【アルファ-アルキル-オメガ-ヒドロキシポリ(オキシエタン-1,2-ジイル)(アルキル基の炭素数が16から18までのものおよびその混合物であって,数平均分子量が1,000未満のものに限る.)およびアルファ-アルケニル-オメガ-ヒドロキシポリ(オキシエタン-1,2-ジイル)(アルケニル基の炭素数が16から18までのものおよびその混合物であって,数平均分子量が1,000未満のものに限る.)並びにこれらの混合物】等も対象物質となった.

キレート剤としては代表的なEDTA(エチレンジアミン四酢酸)がPRTR該当物質であったが,今回の法改正によりEDTAのナトリウム塩やカリウム塩も対象物質となった.

溶剤としては,エチレングリコールモノブチルエーテル,ジエチレングリコールモノブチルエーテル,ジエタノールアミン等が該当物質に追加された.

これらの物質はいずれも性能面と価格面において優秀であるため,洗浄剤によく配合されている物質である.PRTR非該当の製品にするためには,これらの物質を代替する必要がある.

なお,貴社にて使用されている洗浄剤にPRTR該当物質が含まれているか知りたい場合は,各メーカーに最新のSDS(安全データシート)を請求していただきたい.

3.PRTR非該当準水系洗浄剤の開発*2

3.1 準水系洗浄剤セミクリーンWRの開発

当社ではシリコン半導体や化合物半導体の加工の際に用いられる仮固定剤(ワックス)の除去やインキや塗料の洗浄剤として汎用的に使用できる準水系の洗浄剤を開発,販売してきた.

準水系の洗浄剤は(1)非可燃性洗浄剤として取り扱える(消防法非危険物)(2)すすぎ工程に水を用いることが可能である(3)有機物の除去性が高い(4)毒性が低い等の特徴がある.

しかし今回のPRTRの改正により,配合している溶剤の一部がPRTR指定物質に追加になったことから,ユーザー様より改良のご依頼を多数いただいた.そこで,新たに改正後のPRTR該当物質非含有のセミクリーンWR(以下WR)の開発を行った.今回は仮固定剤(ワックス)の除去を例にWRの紹介を行いたい.

3.2 WRの特徴

WRは主成分にPRTR非該当の溶剤を使用し水を配合することで非引火性(消防法非該当)とした中性の準水系洗浄剤である.そのワックス除去は,溶剤によるワックスの溶解に加え,界面活性剤によるワックスの分散効果が働いている.複数の溶剤が適切な割合で配合されているため,全体の組成物として,従来の溶剤に近いワックス溶解能が期待できる.また,配合されている界面活性剤がワックスと部材の間に浸透することで,部材からワックスのはく離が促進される.このような溶剤と界面活性剤の総合的な作用によってワックスを部材から除去する.

3.3 洗浄性能の比較

WRとアセトンの洗浄性能について比較する.WRはバッチ式の浸漬洗浄による工程での使用が想定される.したがって,洗浄工程の後のリンス工程までを考慮し,ワックス除去性,ワックスの再付着性および液の揮発性について検討した.また比較として,幅広い種類のワックス除去に有効なアセトンを用いた.なお,使用したワックスは化合物半導体の加工などで使用されるロジン系ワックスを用いた.

3.3.1 ワックス除去性

WRは溶剤によるワックスの溶解と界面活性剤によるワックスの分散によってワックスを部材から除去する.そのワックス除去性をアセトンと比較した.

◆試験方法
 所定重量のワックスを塗布したガラス基板を各洗浄剤にそれぞれ浸漬し,浸漬開始から1min経過ごとにリンスおよび乾燥を行った.なお,浸漬温度は,WRが60℃,アセトンが25℃で実施した.また,リンスは流水で1min行い,乾燥は室温で30min静置することにより行った(図1).評価は暗室集光下での基板の観察およびパーティクルスキャナー(YPI-MN,山梨技術工房(株))による表面パーティクル数の測定により行った.

洗浄の流れ
図1 洗浄の流れ

◆結果
 暗室集光下での基板の写真および基板表面のパーティクル分布図を図2に示す.WRおよびアセトンの両者とも,浸漬時間の増加とともにワックスが除去されていることがわかった.また,両者とも目視上で完全にワックスが除去されるまでの基板の浸漬時間が3minであることがわかった.一方,パーティクル分布図より,アセトンの場合では1.0~10μmのパーティクルが多数見られるのに対して,WRの場合では2.0μm以上のパーティクルがおおむね除去されていることがわかった.これは,アセトンで洗浄した基板では,細分化されたワックスが基板に再付着しているのに対して,WRで洗浄した基板では,細分化されたワックスが基板から洗い流されているためと考えられる.

暗室集光下での基板写真および基板表面のパーティクル分布図
図2 暗室集光下での基板写真および基板表面のパーティクル分布図
3.3.2 ワックスの再付着性

前述したとおり,WRは準水系の洗浄剤である.洗浄対象物を浸漬する洗浄工程の後は,水によって洗浄剤とワックスを洗い流す工程を想定している.ここではワックス除去後における基板へのワックスの再付着性について検討した.

◆試験方法
 ワックスを0.5wt%溶解したWRまたはアセトンに,ガラス基板をそれぞれ60℃で30s浸漬した.その後,ガラス基板を水に25℃,40kHzの超音波を使用する条件で30s浸漬した.この水に浸漬する操作をもう一度行った後,N₂ガスブローで水分を除去した.評価は,暗室集光下で基板を観察することにより行った.

◆結果
 ワックスの再付着の様子を図3に示す.WRの場合,基板へのワックスの再付着が少ないことがわかった.これは界面活性剤がワックスの成分とミセルを形成することで,ワックス成分の水への溶解性が増大し,水によってワックスが基板から除去されやすくなったためと考えられる(図4).一方,アセトンの場合,基板へのワックスの再付着が多いことがわかった.これはアセトンの揮発によって基板にワックスが固着し,水に不溶なワックスが除去されなかったためと考えられる.

ワックスの再付着
図3 ワックスの再付着
界面活性剤によるミセルの形成
図4 界面活性剤によるミセルの形成
3.3.3 液の揮発性

WRは高沸点系の溶剤を使用しているため,液の揮発が少ない.その揮発性について,推奨の使用温度でアセトンと比較した.

◆試験方法
 所定内径のビーカーに各洗浄剤を入れ,ウォーターバスで1h加温した.評価は液の揮発重量を測定することにより行った.

◆結果
 液の揮発量を図5に示す.60℃で加温したWRは25℃,40℃,60℃で加温したアセトンよりも揮発量が少なかった.特に40℃のアセトンと比較すると,揮発量は約6倍少なかった.このことから,WRは洗浄剤としての使用量が比較的少なく,また蒸留再生装置を導入する必要がないといえる.

洗浄剤の揮発量
図5 洗浄剤の揮発量

以上より,WRはワックスの除去性がアセトンと同等以上でありながら,水によるリンス時のワックスのガラスへの再付着を抑え,さらに揮発量が少ないことが示唆された.よって,WRは非引火性であり,かつPRTRを含め各種法律の規制を受けることなく,アセトンと同等以上の洗浄性能を有する優れた洗浄剤といえる.

4.その他のPRTR非該当洗浄剤

WR以外の当社のPRTR非該当洗浄剤について紹介したい.

当社はPRTRが改正された2021年より非該当製品の開発に取り組んでいる.

中性洗浄剤として昨年度セミクリーンM-LXを製品化した.FPD(フラットパネルディスプレー)用のガラス基盤洗浄から,加工油の除去まで幅広く使える製品となっている.こちらについては本誌の2022年9月号に詳しく掲載させていただいた.ジュンツウネット21のトライボロジー関連記事*3にも掲載させていただいているので,興味がある方はそちらも合わせてお読みいただきたい.

また現在,開発中の製品にセミクリーンGE-X(仮称)がある.この製品はアルカリ性で研磨剤の除去やガラスのヤケの除去,またアルカリ可用性の仮固定剤(ワックス)の除去にもお使いいただける製品となっている.PRTRはもとより労働安全衛生法や毒物および劇物取締法にも非該当の製品として開発を進めている.

おわりに

以上,PRTRの改正に伴い当社の非該当製品の開発の取組みについて説明させていただいた.環境への意識やSDGsへの関心の高まりとともに,政府の化学物質の安全への取組みも加速を見せているように思える.我々はPRTR,労働安全衛生法,毒物および劇物取締法,消防法等各法規に非該当の製品開発を心がけ,洗浄剤メーカーとして,ユーザーが安心して使用いただける製品の提供を今後も続けていく方針である.

<参考文献>
*1 環境省,PRTRデータを読み解くための市民ガイドブック
*2 浅沼 開:「準水系洗浄剤による仮固定ワックスの除去」,コンバーテック2023年2月号
*3 ジュンツウネット21 トライボロジー関連記事:精密ガラス・金属部材用中性洗浄剤「セミクリーンM-LX」について,横浜油脂工業(2022/9)


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